Actuator Strategy Report
Harmonic Drive & Alternatives
ヒューマノイドロボット量産における
アクチュエータ戦略
ハーモニックドライブの不可避性と代替技術に関する包括的分析
1. エグゼクティブサマリー
現在、ヒューマノイドロボット産業において、ハーモニックドライブ(波動歯車装置)は事実上の標準コンポーネントとしての地位を確立しています。しかし、本報告書における詳細な分析は、この「不可避性」が絶対的な物理的制約によるものではなく、現在の設計パラダイムに依存した過渡的なものであることを示唆しています。
「ヒューマノイドには人間程度の大雑把な精度で十分ではないか」という仮説は工学的に的確です。人間のような動作に求められるのは、絶対的な位置決め精度よりも、外力に対する適応能力(Compliance)やトルク制御の帯域幅です。
- 精密作業領域(手首・指・腕): 高い減速比と小型化が不可避なため、ハーモニックドライブが支配的地位を維持する。
- 動的運動領域(脚部・腰・胴体): 耐衝撃性、バックドライバビリティ、コスト効率が優先され、遊星歯車やサイクロイド、遊星ローラースクリューが代替していく。
TeslaのOptimusやUnitreeのH1/G1における脚部アクチュエータの選択(脱・全関節ハーモニックドライブ)は、このトレンドを裏付けています。
2. 序論:ハーモニックドライブの覇権とその物理的背景
2.1 産業用ロボットからの遺産
ヒューマノイドの設計思想は産業用ロボットアームの延長線上にありました。溶接や塗装における「正確な繰り返し位置決め精度(0.1mm以下)」の要件において、ギアのバックラッシュ(隙間)を構造的に排除できるハーモニックドライブは理想的な解でした。
- ノンバックラッシュ: 常に歯が噛み合い、ガタがない。
- 高トルク密度: 同サイズの遊星歯車に対し3〜5倍の減速比を一段で実現。
- 同軸・中空構造: 配線を通しやすく、関節配置に有利。
2.2 ユーザーの懸念:「過剰品質」の妥当性
家事支援や物流搬送において、ロボットは「だいたいの位置」に手を伸ばし、接触した感触で微調整を行えば十分です。もしロボットが人間と同様の「大雑把さ」を許容できるなら、高価で衝撃に弱いハーモニックドライブを全関節に採用することは過剰品質(Over-engineering)であり、量産化のボトルネックとなります。
3. ヒューマノイドのアクチュエータ要件:精度対コンプライアンス
3.1 人間レベルの「大雑把さ」の工学的定義
位置制御(産業ロボット)
「どんな外力が加わっても、指定された座標を死守せよ」。これには高剛性なハーモニックドライブが必要。
力制御(人間・動物)
「指定された方向に力を出しつつ、外乱があればバネのように柔らかく受け流せ」。これにはバックドライバビリティが必要。
3.2 逆説的な真実:ハーモニックドライブは「人間的」ではない
ハーモニックドライブは高減速比(1:50〜)ゆえに、出力軸からモーターを回す「バックドライブ」が困難です。これは外力に対して関節が「硬い」ことを意味し、歩行時の着地衝撃などでギア破損を招くリスクがあります。
対して、MIT CheetahやUnitreeが採用する準直動駆動(QDD)は、あえて減速比を低く(1:6〜1:10)設定し、物理的な柔らかさを実現しています。「人間のような動作」には、高精度な減速機よりも、遊びを許容し外力に順応できるアクチュエータの方が適している場合が多いのです。
4. 減速機技術の深層比較と代替可能性
4.1 各技術の特性
- 波動歯車装置(ハーモニック): 小型高減速・ゼロバックラッシュだが、高価で「ラチェッティング(歯飛び)」による破損リスクがある。手首や指には不可避。
- 遊星歯車機構(プラネタリー): 高トルク密度・耐衝撃性・低コスト。バックラッシュはあるが、脚部や腰部での代替筆頭候補。Unitreeはこれを用いたQDDで成功。
- サイクロイド減速機(RV等): 極めて高い剛性と耐衝撃性。重いが、体重を支える体幹部に適する。
- 遊星ローラースクリュー: 回転を直動に変換。圧倒的な推力と耐久性。Tesla Optimusが脚部に採用し、回転関節の呪縛を打破した。
特性比較表
| 特性 | ハーモニックドライブ | 遊星ギア (精密) | サイクロイド (RV) | QDD (低減速遊星) |
|---|---|---|---|---|
| トルク重量比 | 非常に高い | 中〜高 | 高い | 中 (モーター依存) |
| バックラッシュ | ゼロ | 小 (1-3 arcmin) | 小 (<1 arcmin) | 小 (ダイレクト感) |
| 耐衝撃性 | 低い (破損リスク) | 高い | 非常に高い | 非常に高い |
| 逆駆動性 | 悪い (高摩擦) | 良い | 普通 | 非常に良い |
| コスト | 高い | 中〜低 | 中〜高 | 中 (モーターが高価) |
| 主な用途 | 腕、手首、指 | 脚、汎用関節 | 腰、股関節 | 脚 (高速歩行) |
5. 主要ヒューマノイドのハードウェアアーキテクチャ解剖
5.1 Tesla Optimus (Gen 2)
全身で回転アクチュエータと直動アクチュエータを各14個使用するハイブリッド構成。 脚部には遊星ローラースクリューを採用し、ハーモニックドライブでは耐えられない高荷重と衝撃に対応。脚部においてハーモニックドライブが「不可避ではない」ことを証明しました。
5.2 Unitree H1 / G1
設計思想は「低コスト・高運動性能」。自社開発の高トルクモーターと低減速比(10:1以下)の遊星ギアを組み合わせ、バックフリップ可能な運動性を実現。ハーモニックドライブに依存せずとも高性能な脚部が作れることを実証しています。
5.3 Figure 02 & Boston Dynamics
Figure 02は450Nmという高トルクを実現しており、これは同サイズのハーモニックドライブの定格を超えています。サイクロイドか高強度遊星ギアの採用が推測されます。 電動AtlasもHyundai Mobisの自動車部品技術を活用し、パルクールに耐えうる高剛性ギア(サイクロイド等)を採用している可能性が高いです。
6. 量産化の経済学:BOMコストとサプライチェーン
6.1 コスト構造分析
ハーモニックドライブは単価が高く($500〜)、全身採用では減速機だけで数万ドルになり、目標車両価格($20,000)を超過します。対して自動車産業で成熟した遊星ギアは、大量生産により劇的なコストダウンが可能です。
6.2 サプライチェーンの覇権
ハーモニック・ドライブ・システムズ(日本)の独占に対し、Leaderdrive(中国)などの安価な代替品が台頭しています。さらにTeslaやHyundaiは、専業メーカーへの依存を避けるため、自社設計や自動車サプライチェーンの転用(垂直統合)を進めています。
7. ソフトウェア定義ハードウェア:AIによる補完
7.1 Sim2Realと強化学習によるバックラッシュ補償
従来、バックラッシュは制御の敵でしたが、最新のエンドツーエンド強化学習は状況を一変させました。シミュレーション内で「ガタのある関節」を学習させることで、AIはその癖を克服して制御する方法を習得します。
精密で高価なハードウェアを使わなくても、ガタのある安価なギアとAIの組み合わせで実用的な動作が可能になります。「ハードウェアの精度」を「計算リソース」で代替する、極めて合理的な戦略です。
8. 結論:ハイブリッド・アーキテクチャへの移行
ユーザーの懸念に対する回答は、「ハーモニックドライブは部分的には不可避だが、全体としては代替可能」です。
- 不可避な領域 (Precision Zone): 手首、指、首。小型・高減速比が必要なため、ハーモニック系が残る。
- 代替可能な領域 (Power Zone): 膝、股関節、足首。衝撃に強く安価な遊星ギア、サイクロイド、ローラースクリューが標準となる。
量産フェーズにおいて、ロボットは「過剰品質な精密機械」から、AIと安価な部品を組み合わせた「最適化された製品」へと進化していくでしょう。
引用文献
- Robot Components: The Role and Function of Actuators – Bonsystems
- Comparison of Planetary and Harmonic Gear Reducers – CubeMars
- Humanoid Robot Rotary Actuator Market Outlook 2025-2032
- Factors influencing actuator’s backdrivability in human-centered robotics
- Why Quasi Direct Drives? – Pulsar HRI
- Harmonic vs. Cycloidal Drives: Cost, Efficiency & Lifespan Compared
- Humanoid Robots Guide (2025)
- Why the Harmonic Reduction Gear is the Joint Core of Humanoid Robots
- Optimus Hand Design – tesla.rocks
- Manufacturing – Power Transmission Engineering
- Belts vs Planetary vs Harmonic vs Cycloidal – Source Robotics
- Universal humanoid robot H1 | Unitree Robotics
- Motor SDK Development Guide – Unitree
- Harmonic Drive Vs Cycloidal
- Joint actuators: The fundamental component for humanoid robots
- ANOTHER LOOK AT THE TESLA ROBOT: THE PLANETARY ROLLER SCREW
- CitriniResearch Humanoid Robot Primer
- A Complete Review Of Tesla’s Optimus Robot
- Humanoid Robot Industry Chain And Prospect Analysis
- G1 SDK Development Guide – Unitree
- Unitree G1 Product Page
- Figure 02 Specifications – QVIRO
- CES 2026: Boston Dynamics Set to Ship First Atlas Humanoids
- Boston Dynamics’ Atlas Robot Just Got A Major Upgrade
- Mapping the Humanoid Robot Value Chain – Morgan Stanley
- Humanoid Robot Track: Speed Reducers: Delay and Torque
- Tesla’s Optimus is driving a transformation in the Industry
- What 13 Robotics Experts Think of Tesla’s Optimus Robot – Reddit
- When Robot arms like these cost around 30k USD… – Reddit
- Global Harmonic Drive Market Size, Trends, Share 2032
- Humanoids: Investment Implications of Embodied AI – Morgan Stanley
- When Atlas stops dancing… shift from hype to substance
- Explosive Output to Enhance Jumping Ability – arXiv
- Would this be useful for Humanoids? – Reddit

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